禁煙支援
もくじ
ページ作成にあたり参考とした文献
- 1)日本循環器学会、日本肺癌学会、日本癌学会、日本呼吸器学会:禁煙治療のための標準手順書 第4版.2010年4月
- 2)佐久間秀人:高橋裕子編集 禁煙支援は楽しく 保健医療専門職のための行動指針、122-136「やさしく楽しい『禁煙のススメ』講座」.株式会社シービーアール、東京、2005.
- 3)佐久間秀人:一般外来での禁煙支援が、喫煙者の禁煙自信度・意欲度と行動変化に及ぼす影響についてー愛ある禁煙サポートを目指してー、外来小児科、11,2-13,2008.(PDFファイル無償ダウンロード出来ます)
- 4)佐久間秀人:禁煙治療の臨床、臨床化学、39,137-145,2010.
タバコをやめたくともやめられないあなたへ
以前、当院にてアンケート調査を行ったところ(対象喫煙者90名)、禁煙の意思表示をされていない方への「タバコに対してどう考えますか」の質問では、4割の方が「いずれはやめたい」、5割の方が「やめられるものならやめてみたい」とお答えになっておられました。
タバコを吸われていても、9割の方は、「やめたい」と思っていらっしゃるということです。
「やめたい」のに、「やめられないでいる」のは何故でしょう。
タバコの中の、「ニコチン」という成分に対する「依存症」であるからです。
図1に示しますように、体の中のニコチンの量がある程度のレベルを下回ってしまうと、「イライラ」してきます。「吸いたい」という喫煙欲求が出てきます。
それが、「依存」というものです。
タバコをやめたくともやめられないのは、あなたの意志が弱いからでもなく、気力が足りないからでもありません。
ニコチン依存症は病気です。ですが治せる病気です。
喫煙者こそ、タバコの被害者なのです。
依存からの離脱のために、パッチや飲み薬が有用です。
当院からあなたへ伝えたいメッセージです。
保険診療としての禁煙治療
禁煙治療にも、心理療法をはじめとした、いろいろな「やり方」があります。
当院にて行っているのは、主に薬剤(禁煙補助薬)を用いた治療法です。
以前は自費診療(治療にかかるお金をご本人が全額自己負担)でしたが、平成18年より「ニコチン依存症管理料」の名目のもと、禁煙治療が保険診療の対象となりました。1割から3割の自己負担で、禁煙治療が受けられます(負担の割合については、加入されている保険によって異なります)。
禁煙治療に医療保険が適用されたことは、この国の長いタバコの歴史において、画期的な出来事と云えるでしょう。
当院は「『ニコチン依存症管理料』施設基準に係る届け出」を行っており、保険による禁煙治療が可能な医療機関として認定を受けております。
禁煙治療の条件は、下記4点とされております。
- ① 直ちに禁煙することを希望する者であること。
- ② ニコチン依存症に係るスクリーニングテスト(TDS)にてニコチン依存症と診断された者であること(5点以上)。
- ③ ブリンクマン指数(=1日の喫煙本数×喫煙年数)が200以上の者であること。
- ④「禁煙治療のための標準手順書」(日本循環器学会、日本肺癌学会、日本癌学会及び日本呼吸器学会により作成)に則った禁煙治療について説明を受け、当該治療を受けることを文書により同意している者であること。
ちょっと読んだだけでは、「わかりにくい」印象を抱かれることと思います。
①については、「タバコはもうやめたい、やめてみたい」と思われているのなら、それで十分です。
②は、下記表のTDS10項目のうち5項目が「はい」であればOKです。常習的喫煙者であれば5点以上が普通です、当院での経験では、ほぼ全員が7点以上となっております。
③が一番困ったものです。仮に喫煙年数(タバコを吸うようになってからの年数)が10年であるとすると、ブリンクマン指数が200以上となるためには、1日に吸う本数が20本でなければならない、ということになります。
5年であれば40本。
喫煙年数が短ければ、より多くの1日喫煙本数を必要とする、逆に1日喫煙本数が少なければ、より長い喫煙年数が必要というのは、禁煙推進の流れには逆行する法律と考えます。
この点について、なんとか改訂されないものかと願っておりましたら、平成28年4月1日より、35歳未満の方ではブリンクマン指数の「縛り」が解除されました。「ブリンクマン指数200以上の者」の要件が廃止されたのです。未成年者への適用も可能となりました。
大きな大きな前進と云えるでしょう。
④の「禁煙治療のための標準手順書」に則った説明は、当院において責任を持って行わせていただきます。
禁煙治療の実際
保険診療においては、12週間にわたり計5回の禁煙治療(初回診察、再診1~4回)が認められています。
治療の実際を図2に示します。患者さんが禁煙治療を目的として最初に受診した日を初回診察日とします。
初回診察のため受診の際は、受付けにて禁煙治療希望の意思をお伝えください。
診察前に、1日の喫煙本数及び喫煙年数のご記入、TDS、呼気一酸化炭素濃度の測定を行っていただきます。
呼気一酸化炭素濃度の測定は、機械に取り付けたマウスピースをくわえ息を吐いていただくだけです。痛みも苦痛もありません。
禁煙の意思が不確定の場合も、その旨を受付けにお伝えください。「ニコチン依存症疑い」として、通常診療の初診扱いとさせていただきます。
初回診察の後、再診1、2は2週間毎に受診していただき、再診3、4は4週間毎となります。受診の際は、初回診察と同様、まず呼気一酸化炭素濃度を測定します(TDS等は行いません)。
診察では測定値の説明、喫煙状況や離脱症状に関しての質問をさせていただき、禁煙継続にあたっての問題点の把握とアドバイス、禁煙補助薬による副作用発現の有無の確認を行います。
再診4にて禁煙治療は終了となり、この時点で禁煙に至っていれば、当院では「禁煙認定書」を発行しております。
仮に喫煙が継続し、患者さんが希望されれば、その後は自費診療での禁煙治療となります。
禁煙補助薬について
貼り薬のニコチンパッチ(経皮吸収ニコチン製剤)と、飲み薬のバレニクリン(α4β2ニコチン受容体部分作動薬)の二種類があります(バレニクリンは、商品名チャンピックス)。
ニコチンパッチには、1枚が30、20、10の3種類が、バレニクリンには、1錠が0.5mg、1mgの2種類があります。
ニコチンパッチ、バレニクリンの処方を図3、図4に示します。
詳しい使い方、副作用については、受診時に説明させて頂きます。
診療費・薬剤費について
保険負担3割の場合の診療費は下記の通りです。1割であればこの3分の1の料金となります。
- 初回診察 :1700円
- 1~3回目再診 :1120円
- 4回目再診 :1110円
薬剤費は下記となります。それぞれ、2週間分を記載しました(3割負担の場合です)。
バレニクリンの初回分に限り、料金が異なります。
- ニコチンパッチ30 1枚 14日分 1920円
- バレニクリン 初回 14日分 1790円
- バレニクリン 2回目以降 14日分 2420円
全5回の受診にて、診療費薬剤費合わせて約2万円弱となります。
※薬局の形態により30円~80円ほどの違いがでることがあります。
さあ、はじめましょう!
無理強いすることではありません。
無理強いされて、チャレンジすることでもありません。
「やめたい」お気持ちがあれば、夢は叶います。
ちなみに、当院での受診患者さんの禁煙成功率は約80%です。
みなさん、思ったより楽にやめられたと喜んでくださいます。
がんばりましょう。
ニコチン依存症について
ここでは、タバコをやめたくともやめられない「ニコチン依存症」について説明いたします。
人は毎日、喜び笑い、怒り哀しみ、「喜怒哀楽」と共に生きています。笑うことが出来るのは、笑える対象を脳が認識し、笑うという感情が脳でつくられるからです。
見ているものや、聞いていることが何かを認識し、分析し記憶する知的活動は、脳の表面の「大脳皮質(だいのうひしつ)」で行われます。大脳の奥の「間脳(かんのう)」は、喜怒哀楽を形成します。大脳皮質がキャッチしたたくさんの情報の一つ一つに対して、間脳が反応するという仕組みです。
その他、脳には身体がスムーズに運動出来るように調節する「小脳(しょうのう)」や、呼吸や心臓の動きを調節する「脳幹(のうかん)」があります。
脳幹は、生きていくためには最低限必要なところです。脳幹の働きが失われた状態を、「脳死」とよびます。
大脳皮質は、部位によって働きが分かれています。これは「機能の局在」とよばれ、大脳皮質に限らず、脳や脊髄全体(=中枢神経系)の特徴とされています。
大脳皮質のてっぺん、頭頂葉(とうちょうよう)の真ん中からやや前に「運動野(うんどうや)」があり、全身の筋肉に運動の指令を送ります。運動野の後ろの「感覚野(かんかくや)」では、身体のあちこちの痛みや「熱い」、「冷たい」などの知覚を認識します。後頭葉(こうとうよう)には「視覚野(しかくや)」、側頭葉(そくとうよう)には「聴覚野(ちょうかくや)」があり、それぞれ、目や耳から送られてくる情報をまとめています。
聴覚野のすぐ傍には「記憶野(きおくや)」があり、新しいことを憶えるために重要です。
視覚野や聴覚野、記憶野、その他の部位が連携し、その連携が密であるほど、身体や身体の周りで起きている出来事の本質を見極め、必要ならば対策を決定する対応能力が高いということになります。対応能力は「知能」ともよばれ、つまるところ、大脳皮質は全体としてまとまって働き、意志の決定や計算、認知などの「理性」を形づくっています。
大脳の前の前頭葉(ぜんとうよう)にある「前頭前野」は、意志や意欲、やる気の大もととなる場所と云われており、知的活動には最も重要です。
間脳は、「視床(ししょう)」と「視床下部(ししょうかぶ)」の二つから成っています。
視床は、身体からの「痛み」の情報がはじめに集められるところです。大脳皮質にも刺激を送り、意識レベルを一定に保つように働いています。
「視床下部」は、自律神経、ホルモンの分泌、体温、摂食の調節を担当しています。「感情中枢」としての働きもあり、快感と不快感を感じる場所でもあります。
痛みを感じると嫌な気分になるなどの視床と視床下部の連携で、人の身体は環境の変化に適合し、生命を維持します。
たとえば。
気温が高過ぎると「暑い」という不快感が生まれ、服を脱ぎ「汗をかく」という反応が起こります。そうすることで、体温が上がり過ぎないですむのです。高齢者や子どもではこの反応がうまくいかないこともあり、「熱中症」となります。
上の図の青線の部位で脳をスライスし、断面を前から見たのが下図です。向って左が右脳、右が左脳となります。表面は大脳皮質、視床や視床下部は脳の真ん中辺りにあります。
頭頂葉や側頭葉は大脳の上部を占めますが、大脳皮質の下の部分は「辺縁葉」とよばれます。
辺縁葉と視床下部を併せて「大脳辺縁系」とよび、本能の源とされています。人間に限らず、すべての生き物にとって本能は、「生命を維持する」、「種を保存する」ことを目的としています。「食欲」や「睡眠欲」、「性欲」を満たすために働きます。
生まれたばかりの赤ちゃんは、誰に教えられたわけではないのに、おっぱいが唇に触れると反射的に吸い出します。これは、食欲を満たすための本能行動が、あらかじめ大脳辺縁系にインプットされているためです。しかし、ある程度の年齢に達すれば、食事が目の前にあるからといって見境なくかぶりつくことはしなくなります。食べていい「場所と時間」をわきまえるようになります。これは、理性が備わったからです。大脳皮質の理性が、常に大脳辺縁系の本能を抑え込んでいる、ということです。
ここからがいよいよ、本題です。
大脳辺縁系の拡大図を示します。喫煙によって脳内にニコチンが入り、大脳辺縁系にニコチンと結合する部位がつくられ(ニコチンレセプター)、ニコチン依存症に陥るまでをご覧ください。
ニコチン血中濃度の、急激な上昇と下降の繰り返しによりニコチンレセプターがつくられ、依存が形成されることがポイントです。
いったん依存症となれば、「吸いたい」気持ち(=喫煙欲求)が頭から離れず、「イライラする」、「落ちつかない」などの「禁断症状」が出現します。禁断症状は、禁煙3日後にピークとなります。
喫煙欲求は、大脳辺縁系から生じた、いわば「本能の叫び」です。それも、ニコチンという「魔薬」によってつくられた、理性では抑えようがない、強烈な叫びです。
ニコチン依存は覚せい剤やアルコールと違い、人格まで破壊することはありません。しかし、依存の度合いは覚せい剤より強いのです。
やめたくともやめられない。
それがタバコです。
皆、いつの間にかタバコを吸いはじめています。吸い始めた理由など、思い当たらないのが常です。
いつの間にか吸いはじめ、いつの間にか依存が出来、いつの間にかやめられなくなっている。
今、受動喫煙の害が叫ばれ、喫煙者が加害者扱いされています。
違います。
喫煙者こそ、タバコの被害者です。
禁煙補助薬を使うことで、依存から離脱することが可能となりました。
ニコチンパッチを貼ることにより、血中のニコチン濃度が一定にキープされます。急激な上昇下降がなくなることで、ニコチンレセプターが消失します。
チャンピックスは、直接ニコチンレセプターに作用します。
たった1本だけでも、一度出来た依存はすぐに復活します。
依存とは、それほどしつこい。
忘れないでください。
ニコチン依存症の怖ろしさを。
そして、依存を克服出来る人間の強さを。
防煙授業レポート
先月の30日木曜日午後、校医をさせていただいている二本松市立大平小学校にて、防煙授業をさせてもらってきました。対象は5年生です。
防煙授業とは、まだ喫煙とは無縁の子どもたちが、将来もタバコと関わることがないことを目的とするものです。
授業は、平成20年から毎年1回続いています。いつの間にか、春はタバコの害の話、秋はゲームの害の話というパターンが定着いたしました。授業は、パワーポイントのスライドを観てもらいながら進めます。
学校には、定められたカリキュラムがあります。その合間にいわば「無理々々」にお時間をいただいており、校長先生や養護の先生、クラス担任の先生方のご理解のおかげです。心より感謝いたします。
さて、防煙授業では、将来子どもたちがタバコに手を出すことがないように、喫煙の怖ろしさを徹底的に教え込みます。
タバコの中に含まれている、ニコチン、タール、一酸化炭素をはじめとする「毒物」の話。
喫煙により引き起こされる、ガン、その他の種々雑多な病気の話。
肺気腫や肺ガンにより、ズタズタになった肺の写真。
バージャー病により、指や手足を切断した患者さんの写真。バージャー病とは、喫煙者に多く、血管が細くなることにより、末梢の組織に血液が流れなくなる病気です。
喫煙者では、平均寿命が短くなるばかりでなく、病気や寝たきりの期間は長くなること。
そういったタバコの害が、吸っている本人だけでなく、吸っている人の周囲の人にも及ぶ「受動喫煙」が今、深刻な問題であること。自分では吸っていないのに、吸っている人の「副流煙」を吸わされることにより、自分で吸った以上の害がもたらされてしまう。
そんな話を、クイズ形式で進めていきます。クイズですと、怖ろしい話でも、割りとすんなり聴けたりするものです。
実を申しますと、このような話は、診察室では一切しておりません。禁煙希望で受診された患者さんに聴かせる話ではありませんし、喫煙者の方に聴いてもらったとしても、「禁煙しよう」と思ってもらえる確率は非常に低いものです。
むしろ、首をうなだれ診察室を出て行く喫煙者の方々がほとんどです。
話を戻します。
受動喫煙の話になってくると、「自分で吸わなければ大丈夫」と思っている子どもたちも、何やらそわそわとしてきます。
同時に、そんなに害があり、吸わない周りの人たちにまで悪い影響があるタバコを吸っている大人たちは、いったい何を考えているんだろう。そんな疑問も、当然生じるでしょう。
生徒たちの中には、お父さんやおじいさんが喫煙者、お母さんも吸っているというお子さんも、いるかもしれません。
「タバコ吸ってるぼくのパパって、病気になってもいいと思っているの?僕が将来、ガンになってもいいっていうの?」
もしかしたらそんな風に思っている誰かのための、最後の問題です。
問題5 タバコは、どうしてやめられないのでしよう?
A)意志が弱いから
B)ニコチンに体する依存だから
C)気力が足りないから
D)おバカさんだから
クスクスと、笑い声が聞こえます。でも、「Bだと思う人、手を挙げて」と聞いたところ、下の写真のようでした。
みんな、ちゃんとわかってくれているようです。
防煙授業や禁煙授業で大切なことは、「喫煙者を悪者にしない」ことです。「タバコ吸う人=悪い人」では、子どもたちが大人を信用しなくなってしまいます。家庭の中にそんな雰囲気をつくるのは、望むところではありません。
吸っている人も、本当はやめたがっていること、やめるためには、今はいいお薬があることを伝えるようにしています。
そしてその上で、「はじめから吸わなければいいだけのこと」です。
大袈裟でもなんでもなく、目の前の子どもたちの命を守るために、防煙授業をさせていただいております。
締めの言葉はいつも同じです。
「僕より先に、死んではいけない」