佐久間内科小児科医院 二本松市,二本松駅 内科,小児科,心療内科

 

ウェット(湿潤)療法

もくじ

ページ作成にあたり参考とした文献

  1. 1)夏井睦.これからの創傷治療.東京:医学書院;2003
  2. 2)夏井睦.ドクター夏井の外傷治療「裏」マニュアル.東京:三輪書店;2007
  3. 3)佐久間秀人.小児外傷における湿潤療法の有用性について.外来小児科 2007;10:38-40.(PDFファイル無償ダウンロード出来ます)
  4. 4)佐久間秀人.小児創傷に対する湿潤療法基準案の提案.外来小児科 2009;12:215-220.(PDFファイル無償ダウンロード出来ます)

ウェット(湿潤)療法の原理

 小児創傷(外傷・熱傷)に対しての処置として、「キズは消毒しない、乾かさない、ガーゼをあてない」ウェット療法を、当院では行っております。

 受傷時に創傷面に付着した土や木片等の異物、受傷後残存する壊死組織を除去すれば、創面に細菌が過剰繁殖することはありません。創感染(=化膿)はそれだけで予防出来ます。まずはとにかく「洗浄」です。

 これまで盲目的に行われてきた「消毒」は、一時的な殺菌効果のみしかありません。まして消毒液には、生きている細胞を破壊する作用がありますから、むしろ創傷治癒を遅らせることとなります。神経も刺激するため、消毒は余計な痛みを感じさせることにもなるのです。

 さらには。
細胞の再生には「水」が必要です。
創傷面の浸出液には、細胞が生まれ変わるために必要な物質が大量に含まれています。創面は「ウェット」な状態にしておいた方が望ましく、また、ガーゼをあてればせっかくの浸出液が吸い取られてしまうことになります。
ガーゼを剥がす時には、再生した細胞を痛めてしまうことにもなり、やはり痛いのです。

 キズが早く、痛みがなく治るためには、消毒はせず創傷面を乾燥させず、ガーゼをあてない「ウェット療法」が有用です。なお、本療法は「湿潤療法」と全く同じものです。ここでは「ウェット療法」とさせていただきます。

子どものキズとケガについて

 ケガをすることで子どもは成長する、傷つくことで強くなる。そんなことを云う人が未だにおります。
絶対に間違っています。
体にも心にも、キズを負わせてはいけません。

 キズの痛み、ケガをした時の恐怖心は、時が経てば薄らいでいくのが常なものの、「脳裏に焼きついて離れない」場合もあります。
「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」による苦痛は、本人でなければわかり得ないほど深刻なものです。

 ウェット療法が有用な治療法であることは、もはや常識となりつつあります。
ですが、ちょっと待ってください。

 ウェット療法がどうこう以前に、「子どもにケガを負わせてはいけない」。
これが一番大切なことです。
子どもがケガをしないで済む環境づくりこそ、今、必要とされています。

 小さなケガの積み重ねが、「命にかかわる大きな事故」につながるのです。

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ウェット療法のメカニズム

 キズは乾かさないことが肝腎です。
そのメカニズムについて、図を見ていただきながら説明いたします。

 皮膚は、表面から「表皮」、「真皮」の層状構造で成り立っており、その下に「皮下組織」と「筋肉」があります。皮膚を握り、つまめる深さまでが皮下組織です。

 表皮は一見するとなめらかに見えますが、汗腺や皮脂腺、いろいろな穴が無数に開いており、溝も多く、穴から出た汗や分泌物が溝を埋め尽くしています。皮膚は体を守る「防御器官」であると同時に、「排泄器官」であるとも云えます。

 また、表皮には「常在菌」と呼ばれる細菌が住みついており、皮膚が正常な状態である限り、表皮細胞と程よいバランスを保って繁殖し、他の細菌の侵入を防いでくれます。
常在菌は、「ブドウ球菌」や「レンサ球菌」というグループがメインです。

 真皮にまで及ぶケガの場合、表皮細胞はもちろん、真皮の組織まで破壊されます。擦りキズにせよ切りキズにせよ、あるはずのものがえぐり取られてしまうのです。

 えぐり取られた部分は、創傷面に表皮細胞が再生することで修復されます。細胞の再生のためには、「細胞成長因子」や「白血球」などをたくさん含む浸出液に満たされた、ウェットな状態であることが必要です。

 毛根の部分が残っていると、そこにある表皮細胞がもとになるため、修復のスピードが早くなります。昔から云われているように、「毛穴が残ったキズは治りが早い」のです。

 この時、表皮細胞が増える前に、創傷面が「壊死組織(もともとの組織が死んでしまった状態)」や「肉芽組織(えぐられた部分をひとまず埋め合わせるための組織)」で充満することもあります。壊死組織は細菌繁殖の場となりますので、出来る限り除去したいものです。

 ウェットな環境を保つために、ドレッシング材でキズを被います(「ドレッシング材について」参照)。
この時、創傷面に土や木片やゴミ等の異物を残してはいけません。前述のように、壊死組織もない方がいいのですが、どうしても取れないこともあります。
とにかく、創傷面をよく「洗う」ことが何より大切です。

 また、子どもの場合は特に、正常な皮膚面に「汗疹(アセモ)」をつくりやすいため、キズの周囲の皮膚もよく洗い、ドレッシング材を毎日交換することが大切です。

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ドレッシング材について

ドレッシング材とは?

 ドレッシング(dressing)には、サラダにかける「ドレッシング」や衣装、着付けの他、「キズの手当て」という意味があります。「ガーゼ・ドレッシング」とは、「ガーゼでキズを被う」ということになります。

 ガーゼは創傷面を乾燥させ、キズの治りを遅らせてしまいます(「キズにガーゼをあててはいけない理由」参照)。ガーゼで被うことはせず、ドレッシング材を使用します。現在いろいろな「医療用ドレッシング材」が開発されています(表参照)。

 当院では、最も基本的なドレッシング材であるポリウレタンフィルム、止血作用の強いアルギン酸塩、ウェット効果の強いハイドロコロイドをはじめ、吸収力が抜群のポリウレタンフォームなどを、キズの状態に応じて使い分けております。 

ポリウレタンフィルムにてドレッシングの際、創傷面をよりウェットな状態にする必要がある場合には、ポリウレタンフィルムに白色ワセリンを塗布します。治りかけのキズでは、単に白色ワセリンを塗布することもあります。

※白色ワセリン:油脂性成分を主とした軟膏基剤。基剤として、いろいろな軟膏(ステロイド軟膏など)に混合されていますが、単独でも皮膚の保湿、保護に用いられます。

なお、これらのドレッシング材による処置行為は、保険診療が認められております。

表 創傷被覆材(ドレッシング材)一覧

一般名 商品名 特徴
①ポリウレタンフィルム フィレキシフィクス®
パーミロール®
片面が粘着性で透明。他のドレッシング材の固定にも用いられる(二次ドレッシング).食品包装用ラップフィルムでも代用可。
②アルギン酸塩 カルトスタット®
ソーブサン®
止血作用に優れ、出血を伴う皮膚欠損創には第一選択となる。ポリウレタンフィルムにて固定が必要。
③ハイドロコロイド デュオアクティブ®
テガソーブ®
創傷面の親水性コロイド粒子がゲル化し、湿潤環境を保つ。特有の臭気、正常皮膚部の浸軟化が欠点。
④ポリウレタンフォーム ハイドロサイト® ゲル化しないため正常皮膚部の浸軟化が少ない。③~⑤の中では最も使いやすいとされている。
⑤ハイドロポリマー ティエール® 浸出液の吸収能は最も強い。創の大きさへの対応が不十分。


薬局にて購入出来るドレッシング材も、種々販売されております。
当院では、石岡第一病院傷の治療センター長 夏井睦先生が開発されたプラスモイストPをお勧めしております。
http://www.wound-treatment.jp/(外部リンク)
 

当院で使用しているドレッシング材

  ドレッシング材を画像で紹介します。ほとんどのドレッシング材は、キズの大きさ、形に応じてカットすることが可能です。

  ①〜④については、保険診療での使用が認められております。薬剤費は一部負担となる代わりに(小児の場合は医療費全額助成のため負担金なし)、医院内の処置のみでの使用(ご自宅へのお持ち帰りは禁)、熱傷には使用不可などの制限がついております。
  ⑤については、保険診療での使用は認められておりませんので、薬剤費は患者さん負担となります。この場合、上記の如くの制限は一切ありません。

① ポリウレタンフィルム
  創傷面にくっつきますので(粘着性)、ちょっとした切りキズ、擦りキズならば、これだけでも十分です。また、次のアルギン酸塩の固定にも用います(二次ドレッシング)。





② アルギン酸塩
  出血しているキズに有用です。粘着性はなく、乾燥すると創傷面にこびりつくこともありますので(固着性)、前述のポリウレタンフィルムにて被い、創傷面に固定することが大切です。



③ ハイドロコロイド
  薄いタイプと厚いタイプがあります。当院では最もよく使うドレッシング材です。粘着性があり、固着性はありません。厚いタイプのハイドロコロイドは、浸出液が多い場合には有用ですが、保険診療上深い熱傷には使えないのが難点です。







  特有の臭気(匂い)と、正常皮膚部位の浸軟化(ぐちゃぐちゃになること)、汗疹(アセモ)の併発が問題となることがあります。臭気と浸軟化については、「腐っているかも」と誤解されることがありますが、一時的なもので心配はありません。

④ ポリウレタンフォーム
  吸収能に優れています。裏面の白色面を創傷にあてます。粘着性はありませんので、テープやポリウレタンフィルムで固定する必要があります。厚いタイプのハイドロコロイドと同様、保険診療上では深い熱傷には使えません。





⑤ プラスモイストP
  構造、機能的にはポリウレタンフォームとほぼ同様です。保険診療での使用は認められておりませんので、実費とはなりますが、熱傷を含めあらゆる創傷に使えますし、ご自宅での使用も可能です。







  ただし、プラスモイストPには素材に「厚み」がありませんので、熱傷の直後など、浸出液が大量の場合には頻回の交換を必要とし不便です。
  その点を改良したのが、プラスモイストTOPとズイコウパッドです。

  プラスモイストTOPは、プラスモイストPの創傷接触面のみを分離させた製材です。吸収能のみを有するズイコウパッドに接着することにより、プラスモイストPに比べ、大量の浸出液の際に効力を発揮します。ズイコウパッドは、紙オムツ、ガーゼ、ペットシートなどでも代用可能です。



プラスモイストP、プラスモイストTOP、ズイコウパッドは、当院近隣の調剤薬局にてお求めいただけます。

キズの種類、状態に応じて、適切なドレッシング材を選択して加療していくことが、何より肝腎です。
 

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キズは消毒しなくともいい理由(わけ)

-キズは消毒してガーゼをあてる-

 これまでは、そのようにしてきた、そのようにされてきた方がほとんどと思います。今でも、それが当然のやり方とお考えの方も多いでしょう。
キズは、出血が止まり、創傷面に感染が起こらなければ、いずれ治ります(創感染=キズの表面や内部に細菌が繁殖し炎症を起こす。化膿と同じ意味)。

 同じ「治る」のでも、「痛くなく」、「早く」治る方がいいと思いませんか?
キズが治るためには、ウェットな環境が大切であり、そのためにガーゼをあてないことは、「ウェット療法の原理」、「ウェット療法のメカニズム」のところでお話しした通りです。

 ここでは、「消毒」について説明いたします。

 皮膚の一番上の表皮には、普通の状態でも細菌が繁殖しています。見た目どんなにきれいに見えても、菌はいるのです。そもそも、「きれい」とか「汚い」について、誤解があるような気がします。細菌も、私たちの体の細胞も、同じ生き物です。同じ生き物である限り、「汚くはない」のです。

「汚い」状態とは、細胞が死んだ状態(=壊死)、壊死した組織に細菌が異常繁殖した場合を指します。俗に「腐る」というのは、この状態です。

 表皮に住みついている細菌を総称して「皮膚常在菌」とよびます。ブドウ球菌やレンサ球菌というグループがメインです。常在菌は、皮膚の細胞と力関係のバランスを保っている限り、異常繁殖することはありません。皮膚の穴(皮脂腺など)から出てくる分泌物を栄養源として生きています。その代わり、常在菌ではない他の菌が、皮膚に入り込んで来るのを防いでくれています。いわば、私たちの体を守ってくれているのです。

 キズが出来た場合も、創傷面に常在菌はすぐに繁殖してきます。でも、いいのです。ヨケイなモノがなければ、細菌がいても困ることはありません。

 ヨケイなものがある場合が下図です。「壊死組織」やゴミなどの「異物」が創傷面に残ったままですと、その周囲に細菌が異常繁殖し、やがては周囲の正常な皮膚や、キズの下の皮下組織や筋肉にまで入り込み、破壊活動を開始します。体を守ってくれる筈の常在菌が、突如、敵に変貌してしまうのです。これが創感染(=化膿)です。
夏場の子どもの皮膚に多いトラブルの伝染性膿痂疹(=とびひ)も、創感染の一つです。

 ヨケイなモノがあるからこうなってしまうので、こうなったらヨケイなモノを取り除き、細菌を退治する抗生剤を飲んでもらうか、場合によっては点滴をします。しかし、抗生剤を使わずに済めばそれに越したことはありません。はじめからヨケイなモノがなければいいだけのこと、ということになります。
くどいほど繰り返しておりますが、キズが出来た直後から、壊死組織や異物の除去を十分に心がけましょう。

「洗浄が一番!」
これに尽きます。

 さて、これまでのやり方通り、キズを消毒した場合を考えてみます。創傷面にイソジンやヨードチンキ、ヒビテンなどの消毒薬を塗ったり、ふりかけたとしましょう。

 当然、細菌は死に絶えます。

皮膚の穴や溝に潜んでいる細菌は、消毒薬の魔の手から逃れ生き延びることもあります。
ところが、ここで困ったことが起きてしまいます。

 消毒薬は細菌を殺します。いわば、生き物を殺す薬です。もっと極端に云えば、「毒」ということになります。生き物にとっての毒ですから、私たちの体の細胞にとっても毒となります。
消毒薬に触れることで、皮膚の細胞も障害を受け、あるいは死に絶え、結果的にはキズの治りが悪くなります。

※ 抗生剤も、同じように細菌を殺す薬です。ですが、消毒薬ほど私たちの体の細胞への悪影響はありません。とはいえ、アレルギー症状が出る場合も含め、全くないわけではありませんので、飲んだり点滴する時は十分な注意が必要です。

 消毒薬で焼け野原状態になった皮膚の表面に、真っ先に再登場するのは実は常在菌です。周囲の正常な皮膚や、溝に潜んでいた細菌が怒涛のように押し寄せてくるのです。

 つまりは、消毒による殺菌効果は一時的なものに過ぎず、むしろキズの治りを遅くする、ということになります。

「キズは消毒しなくてもいい」のではありません。
「消毒してはいけない」のです。

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キズにガーゼをあててはいけない理由(わけ)

 ここでは、キズにガーゼをあてることのデメリットについて説明いたします。

 ケガをした直後や、ちょっと経った後のキズです。細胞の再生のために、創傷面はウェットな状態になろうとするか、既になっています。

 ガーゼをあてます。

 せっかくの浸出液が、ガーゼに吸収されてしまいます。

 浸出液が吸い取られ、創傷面は乾燥します。

 細胞が生きていくため、再生するために必要な「水」と共に、「細胞成長因子」や「白血球」も失われてしまいます。当然、細胞は活力を失い、死んでしまいます。キズの治りは遅くなります。

 そればかりではありません。
ガーゼをあてた部分が乾燥し、ガーゼが創傷面に張り付いてしまうため、翌日ガーゼをはがす時、とにかく痛いのです。また、創傷面に芽生え出した細胞があったとしても、ガーゼと一緒にはぎ取られてしまいます。無理にはがせば、血がにじむこともあります。

-キズにガーゼをあてる-
やめましょう。

 ただし、上皮化(表皮細胞の再生がある程度完了した状態)し、ツルツルになったキズ跡には、ガーゼをあてても何らかまいません。キズ跡を隠したかったり、紫外線による色素沈着を防ぐ目的で、ガーゼをあてる場合もあります。
ウェットな状態ならばガーゼはあてない。そのようにご理解ください。

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ウェット療法実践編

ウェット療法フローチャート

 当院で行っているウェット療法の段取りを紹介いたします。
 大まかな記載ではありますが、ご参考いただければ幸いです。



【補足事項】
1)洗浄、デブリードマン(=異物除去)の際、必要であればキシロカインゼリー等で除痛。

2)全経過において、消毒は一切行いません。
 生理食塩水、または水道水での創傷面・創周囲の洗浄を行います。洗浄は、滅菌水である必要はありません。

3)創内の異物等の混入の有無には、十分に注意します。
 混入を認めれば徹底的に除去します。異物の他、壊死組織や体液貯留等、生体の体液循環から切り離された全ての存在物が、感染源になり得ます。デブリードマンに際し、局所麻酔の必要があれば外科系医療機関への治療依頼を考慮します。

4)ガーゼによる創被覆は行わず、創傷被覆材(ドレッシング材)により創傷面を湿潤環境に保ちます。
 はじめから、食品包装用ラップフィルムと白色ワセリンを使用することも可能です。出血を伴えばアルギン酸塩を使用し、ポリウレタンフィルムにて固定します(二次ドレッシング)。出血がなく、浸出液が少量であればハイドロコロイド、多量であればポリウレタンフォームの使用がお勧めです。
 ハイドロコロイドには薄いタイプ(デュオアクティブET)と厚いタイプ(デュオアクティブCGF)がありますが、後者は浸出液が中等量~多量の場合にも使用可能です。

5)急性期においては、ドレッシング材は原則として連日交換とし、創傷面や周囲皮膚に炎症のないことを確認し、正常皮膚部位の浸軟化、汗疹の併発を予防します。

6)創傷面よりの分泌液の吸収と、壊死組織の除去を常に心がけます。
 熱傷治療においても同様に、感染による炎症発生を予防し、除痛に努めます。水疱については、切除し上皮化を促すのが原則ですが、小水疱では可能な限り温存することもあります。実際には破れてしまうことが多いため、水疱にポリウレタンフィルムを貼付しそこから内容液を穿刺吸引し、吸引後再度ポリウレタンフィルムを貼付すると水疱が破けず有用です(『やけどの水疱は破くべきか、破かない方がいいのか』参照)。
 治療に際し迷った場合は、躊躇せず外科医、形成外科医へ紹介しましょう。日頃から、ウェット療法(または湿潤療法)の経験豊富な外科系医療機関との連携を保っておくことが理想です。

ウェット療法の利点

1)治療に伴う疼痛が、従来の「消毒とガーゼ被覆」法に比べ少なく(というよりほとんどなし)、早期の治癒が期待出来ます。

2)ドレッシング材に食品包装用ラップフィルムを用いれば、保険診療での制約にとらわれる必要がありません。

3)常識的理解力のある保護者であれば、ご家庭での処置が可能です。

4)治癒後の色素沈着、肥厚性瘢痕が少ない(明確なエビデンスは今のところなし)。

ウェット療法の欠点

1)有用な治療法であることは認識されつつあるものの、未だ完全に普及はしていません。

2)特有の臭気(匂い)を発することがあり、小児では、正常皮膚部位の浸軟化、汗疹・膿痂疹を発生しやすい。

3)創感染等のトラブル発生時は、慎重に対処する必要があります。

ウェット療法における留意点

1)治療に際しては、患児・保護者への十分な説明と、同意・協力が得られること。

2)出血の有無、浸出液の程度等、創傷の部位・状態に応じ、適切なドレッシング材を選択すること。
 各ドレッシング材の特徴を把握し、臭気・浸軟化等についてはあらかじめ保護者へ説明しておきます。
 当院ではポリウレタンフィルム(食品包装用ラップフィルムを含む)、アルギン酸塩、ハイドロコロイド(薄いタイプo厚いタイプ)、ポリウレタンフォームを常備しています。症例の選択が適切であれば、これらのみで十分に対応可能です。

3)原則として、創傷面・創周囲の観察、及び創傷面に圧をかけない程度の洗浄の連日施行が肝要です。創をドレッシングしたままにしておくのは、長くとも3日にとどめます。

4)正常皮膚の浸軟化、汗疹・膿痂疹への適切な予防と対処。
 予防としてはドレッシング材の連日交換。対処法としては、吸収能の強いポリウレタンフォームの使用がお勧めです。

5)周辺医療機関、後方支援病院との連携が重要(休日診療等での対応の統一化を含みます)。

6)経過中、感染併発が疑われるケースでは、ポリウレタンフォームによるドレッシング、抗生剤全身投与を行います(その際も消毒は行いません)。

7)医療用ドレッシング材を用いる場合、レセプト病名は「皮下組織(あるいは真皮)に至る皮膚欠損創」とし、2~3週の使用とします(地域差あり)。

ウェット療法の禁忌例(一般内科医or小児科医が対応すべきではないと思われるケース)

1)意識状態・全身状態不良。

2)出血多量、止血困難。

3)デブリードマンに局所麻酔が必要(キシロカインゼリーは可)。

4)縫合を必要とする。

5)動物、ヒト咬傷。

6)頭髪部外傷。

7)保護者の同意・協力が得られない場合。
 3)~6)については、議論が分かれるところですが、これらの処置には一般内科小児科医が通常使用しない局所麻酔薬、ナイロン糸等の器具を必要とすること等より、治療を論ずるより予防策を講ずることが重要であろうと考えます。

 

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ラップを用いたウェット療法

 ドレッシング材として、食品包装用ラップフィルム(以下、ラップと略します)を用いたウェット療法を紹介いたします。
「家庭で使われる台所用品をキズにあてたりしていいの?」
そう思われるかもしれません。しかし、相澤病院褥創治療センター 鳥谷部俊一先生は、既に褥創の治療にラップを用いた「ラップ療法」を確立されております。

http://www.geocities.jp/pressure_ulcer/
(外部リンク)

そもそも、最も基本的なドレッシング材であるポリウレタンフィルムとラップは、素材としてほぼ同じものです。
ラップの製品説明には、「食品包装用途以外に使用しないこと」と明記されています。「食品包装用として販売しており、それ以外の目的に使用された場合に生じたトラブルについて、製造メーカーは関与しません」という意味と解釈しております。

ラップを創傷治療に用いるかどうかは、購入者の判断に委ねられるものであり、トラブル発生の際の責任の所在も購入者にあるべきでしょう。とはいえ、細胞 の「かたまり」である食品を包む素材が、人体に害を及ぼすとは考えにくいところです。

「キズの治りが早く、痛くない」ウェット療法が、身近にあるラップにて行えることは、極めて有用と考えます。
ここでは、ラップを用いたウェット療法について、当院で撮影しましたビデオを見ていただきます。

もちろん、ラップを用いたウェット療法が適さないキズもあります。これについては、ウェット療法の利点や欠点を含め、今後も検討していく所存です。

ビデオは約5分間です。「セキハルカちゃん6歳」にボランティア出演してもらいました。保護者のご承諾を頂いた上で、アップいたします。

ガムテープで「キズモデル」を作成し、当院看護師が洗浄、ラップドレッシングの処置を行いました。洗浄のシーンがやや長めになっております。撮影していた僕は、看護師が適当なところで止めてくれると思っており、看護師は僕がストップをかけるものと思っていたために起きた構成の不備ではありますが、洗浄の大切さを知っていただくにはむしろ好都合かなと、都合のいいことを考えております。

キズは、ガーゼでこすることはせずに、やや温かめの水道水で流しながら、指先で優しく「なでるように洗う」ことが大切です。創面に付着したゴミや木くず、砂利などの「異物」は、指先がセンサーとなり敏感に感知します。無理にこすらない限り、創面に出来かけた表皮細胞を壊したり、はがしたりすることはありません。

ビデオ編集に多大なご協力を頂いた、東京渋谷区たからぎ医院 宝樹真理先生に感謝申し上げます。

下記をクリックしてください。
ラップを用いたウェット療法~傷の治療
http://www.youtube.com/watch?v=edW7RKkKr10
(外部リンク)

また、日本外来小児科学会より、「キズにやさしい『ウェット療法』のはなし」のリーフレットも発行されております。
ウェット療法を図解入りでわかりやすく解説しております。病院や学校、自治体などでご購入いただき、みなさまに配布いただければと存じます。
 


 

http://www.noblepress.jp/
(外部リンク)

同時期発行の「みずぼうそう<水痘>ワクチン」も好評です。

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当院での治療例

 

Mちゃん9歳 顔面擦過傷のケース

 下校時に転倒、お母さんに連れられ受診しました。

 洗浄後、ハイドロコロイドにてドレッシング。ハイドロコロイドには薄いタイプと厚めのタイプがあります。顔面に用いる場合は、薄いタイプが適しています。顔面の動きによくフィットし、色も肌色に近いため、貼っていることが目立ちません。

 受傷2日目(受傷日を0日目として)。
翌々日に再受診していただきました。赤みは残るものの、創傷面は完全に上皮化しております。

 受傷5日目。完治しております。お母さんは、「跡が残らないかどうか」を終始不安がっておられました。日焼けによる色素沈着予防のために、「陽ざしの強い日はツバが大きめの帽子」の着用をお勧めいたしました。

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Aくん1歳6ヵ月 左手中指切断のケース

 折りたたみ式パイプ椅子に左手中指を挟み、先端を切断したAくんのケースです。受傷直後、Aくんのお母さんはAくんを抱きかかえ、近くの病院に駆け込みました。消毒とガーゼドレッシングにて処置され、「指は取れても、トカゲのシッポのように伸びるから」と説明を受けたのみだったとのことです。不安を感じたお母さんが当院を探し当て、受傷3日目(受傷日を0日として)に受診されました。

 指の先端から第1関節の真ん中ほどまでが、完全に引きちぎられた状態です。爪の根元はわずかに残っておりました。

 掌側からの撮影です。中指の長さは、左指35mm、右は38mmでした。(左中指が)3mm短くなったことになります。種々雑多な傷ややけどの治療に向き合ってきましたが、ここまでの手指切断の治療経験は当院ではありません。しかし、ウェット療法による治療をお母さんが強く望まれたため、当院にて対応させていただくこととしました。

 このケースでは、ドレッシング材としてプラスモイストを用いました。短冊型に切り取り、中指の先端を覆います。

 その上から固定用のテープを巻き、さらには骨折や捻挫の時に使うアルミスプリントで中指全体を保護しました。「傷は消毒せず、乾かさず、ガーゼをあてず」がウェット療法の基本です。傷を念入りに洗い、プラスモイストでドレッシング。これを毎日地道に繰り返します(ドレッシングについては「ウェット療法のメカニズム」、「ドレッシング材について」をご参照ください)。

 Aくんのお家は当院から車で40分程度の遠方にありましたが、お母さんも必死でした。毎日きっちりと通ってくれました。

 受傷9日目です。えぐられた爪が生まれ変わっています。指の長さも左右とも38mm。回復しています。

 実を申しますと、Aくんが受診したその日に、小児科医であり、ぼくとほぼ同じ時期に湿潤療法をはじめられた「湿潤仲間」でもある、大阪府大阪市西淀川区福田診療所院長の福田弥一郎先生に画像を送り、電話しておりました。ドレッシングの方法や治療方針で悩んだ時、真っ先に相談するのが福田先生です。

「取れた指は粉々になって元に戻しようがありません。どんなもんでしょうね」
「爪はなんとか残っとる。こりゃいけるで!」
「いけるで!」の言葉に背中を力強く押された気分でした。彼と話すと、なんだかよくわからないのですが、パワーがみなぎってきます。

 そしてまさしく、福田先生がおっしゃってくれたように、爪は再生したのです。爪が伸びれば指も伸びるとも、彼は云ってくれました。

 受傷16日目では、伸びてきた爪の周りの皮膚が紅みを帯び、ややむくんだ感じでした。とはいえ痛がっている様子もありません。傷が治る過程でありがちな「一時的なうっ血状態」と考えました。

 この頃より、処置は主にお家でお母さんにしていただくこととし、当院には一日おき、あるいは二日おきに来ていただいておりました。プラスモイストによるドレッシングの場合、お家で処置出来ることが大きな利点です。

 手掌側から見ますと、指先を黄色の痂皮が覆っているのがわかります。黄色痂皮は、傷口からの浸出液が固まって出来るものとされ、俗に言う「カサブタ」のことです。カサブタをつくらずに傷が治るのが理想ですが、どうしても出来てしまうことも多々あります。出来てしまった場合には、「取れるならば取る、取れないならば無理をせず、ドレッシングを続け溶けるのを待つ」しかありません。

ちなみに、褥創(=床ずれ)などでよくみられる黒色の痂皮は壊死組織そのもののため、多少無理をしてでも取り除くべきとされています。

 受傷48日目、約1ヵ月半を過ぎた頃です。爪は完全にもとどおりになりました。この頃は、2週に1回から月に1回のペースでの通院としておりました。お母さんが毎日処置を行い、Aくんの指と向き合ってくれていました。お父さんは単身赴任のため家にはおりません。孤独に近い状況の中、このお母さんはよくがんばったと思います。

 黄色痂皮もかなり小さくなっています。

 受傷84日目です。この時点で「治癒」と判断しました。

 受傷115日目、約4ヵ月後の両手の様子です。手背面手掌面とも、怪我したことも全くわからない状態となっています。指紋もしっかり再生され、指の動きもスムーズです。感覚面でも違和感はないようです。

 受傷3日目と115日目の比較画像です。

 結果的には、はじめの病院で告げられた「指は取れても、トカゲのシッポのように伸びる」。

 あながち嘘ではなかったのかとも思えます。

 とはいえ、トカゲの尻尾とAくんの中指を同等に考えることは出来ません。

 指の長さは元に戻ったものの、骨の状態を確認する必要はあったため、手のレントゲン写真を撮影しました(Aくんの手をおおって映っているのはぼくの指です)。

 中指の先端の末節骨は、わずかながら左が短くなっています(約0.9mm)。いったん切断された骨がもとどおりに戻ることはありません。やはり、Aくんの左中指の失われた骨の部分も同様でした。

 しかし、運動面でも感覚面でも指が指としての機能を果たせるのであれば、骨の長さが数ミリ短いことなど、何の問題もないのではと思います。完全治癒したものと判断しています。

 怪我を負わせてしまったことで、はじめのうちAくんのお母さんの表情は沈んだままでした。お母さん自身がお家でドレッシング処置を繰り返し、それにより傷が回復してきたことで徐々に明るさを取り戻してきたように思います。これもまた、小児ウェット療法の利点の一つです。

 小児ウェット療法を行う上で、傷を治すのは医療者だけではありません。治療に関しての責任は、もちろん医療者にあります。その上で、手を施すのは医療者と保護者の共同作業であることを認識いただければと思います。

保護者自身が主体的に治療に参加する姿勢になり得るような、医療者の関り方、声かけが大切です。そうすることが何よりも、その後の事故防止、怪我の予防につながるものと信じます。

 

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熱傷治療について

 熱傷の治療にこそ、ウェット療法は威力を発揮します。
熱傷は、皮膚の損傷の深さにより、1度、2度、3度に分類されます。
 

・1度熱傷

 表皮にとどまる損傷です。紅くなったり腫れたりするのみです。冷やすだけで治ることがほとんどです。

・2度熱傷

 表皮を超え、真皮に至る損傷です。水疱をつくるのが特徴です。

・3度熱傷

 皮下組織に至る損傷で、壊死組織のため白っぽい感じになります。神経組織も失われるため知覚が消失、痛みを感じません。

 2度、3度の区別は、受傷直後には難しいこともあります。子どもの熱傷のほとんどは水疱を形成するため、受傷直後は2度と考えがちですが、経過中に3度に至ることもあります。

 損傷が深ければ重症であることはもちろんですし、治療に時間がかかることは当然ですが、ウェット療法のやり方そのものには違いはありません。皮膚細胞が再生しやすい環境をつくっておけばいいだけのことです。
なお、皮膚細胞が再生していくことを「上皮化」とよびます。

 当院での熱傷治療のケースを紹介します。

Kちゃん1歳5ヵ月 下腿熱傷(2度)

 右下腿に熱湯を浴びてしまった、翌日の状態です。もともと、当院かかりつけのお子さんです。
水疱はところどころ破けており、浸出液で「ビチャビチャ」になっておりました。他の傷に比べ、熱傷では浸出液が多いのが特徴です。

  破けた水疱は「異物」と同じですから、そのままにしておけば「創感染」の原因となります。出来るだけ取り除くことが大切です。「創感染」については「傷は消毒しなくてもいい理由」をご参照ください。

 除去した後、水道水で洗います。出来るだけやさしく、指で撫でるように洗います。決して、タオルでこすったりしてはいけません。
洗浄の後、ドレッシング材としてハイドロコロイドを用いました。

 

 その翌日の状態です。未だ浸出液は多量、壊死組織が付着しておりました。

 洗浄し、壊死組織を除去しました。白っぽく見える部分が目立ちますが、再生してきた表皮細胞によるものです。上皮化がうまくいっている証拠です。

 受傷5日後です。この頃から浸出液は目立たなくなってきました。確実に善くなっています。こうなると、あとはもう治るのを待つだけです。ラップ・ドレッシングに切り替えることといたしました。「ラップ・ドレッシング」については、「ラップを用いたウェット療法」をご参照ください。

 受傷9日後、創傷面はかなり「ツルツル」としてきました。この頃にはもう、毎日の通院は必要とせず、3、4日に一回通っていただくのみとなります。

 1ヶ月後、傷は完全に治癒していますが、跡は残っております。熱傷の跡は医学的には「瘢痕化」や「色素沈着」と呼ばれますが、瘢痕化を予防するお薬は既に飲んでもらっておりました。

色素沈着は、日航の紫外線がよくないと云われています。外に出る時は、出来るだけズボンを履くようにしてもらいました。顔の熱傷の場合はツバの広い帽子をかぶってもらったり、遮光テープを張ってもらったりしています。
 

 約4ヶ月後です。跡はかなり目立たなくなっております。

 約8ヶ月後。皮膚の状態は完全に元に戻ったと云えるでしょう。完治です。

Aちゃん7歳 胸部熱傷(2度)

 熱した天ぷら油を胸にかぶってしまったケースです。夜でしたので、近くの総合病院救急外来を受診、「3度熱傷」と診断され、「皮膚移植が必要になるでしょう」と云われたそうです。

 湿潤療法、ウェット療法の存在をネットで知ったご両親が翌日、ご自宅から30km離れた距離を、車でAちゃんを当院に連れていらっしゃいました。

 ところどころに水疱は残っておりましたが、ほとんどははげ落ち、触ると痛みを伴うため「2度熱傷」と診断し、プラスモイストにて治療を開始しました。

 受傷5日後。表皮細胞が増えており、順調に上皮化が進んでいるのがわかります。この日までは連日で通っていただき、その後は2、3日おきの通院としました。受診しない日は、ご自宅にてお母さんにドレッシング材の交換を行ってもらいました。

ご家庭でも行えるのがウェット療法の利点です。ただ、いきなり一人で出来るものではありませんので、当院での処置では必ず保護者の方にもついていただき、一緒に行ってもらうようにしています。2、3回経験すれば、さほど難しいものではないことがわかっていただけます。



 受傷2週後には、上皮化はほぼ完了しておりました。Kちゃん同様、この頃から瘢痕化予防のお薬を飲んでもらいました。

 受傷2ヶ月後。まだ完全とは云えないまでも、瘢痕化も色素沈着もなく、熱傷の跡はかなりわからなくなっています。
この写真を撮影した日を最後に、Aちゃんは受診しておりません。この日から、もうすぐ1年が経ちます。

先日Aちゃんのお宅に電話し、お母さんにお訊きしたところ、跡は全くわからなくなっているとのことでした。「行かなくてすみません」とおっしゃっておりましたが、よくなっているのならいいんです。わざわざいらっしゃっていただく必要はありません。何しろ30kmの距離なんですから。

 皮膚移植にならなくてよかったと、本当に喜んでおいででした。
僕もそう思います。

 Kちゃん、Aちゃんの2例とも、不幸にして起きた事故です。しかしそれは、言い換えれば「不注意で起きた事故」でもあります。
何故、熱湯を浴びてしまったのか。
何故、天ぷら油をかぶってしまったのか。
あり得ないことが起きてしまったのは何故なのか。
そのことを、よく考えるべきです。二度と同じ過ちをくり返さないように、「事故を振り返る」ことが大切です。

 お母さんやお父さんを責めるつもりはありません。ですが、振り返ることは大切です。もちろん、事故の直後は気が動転しているものですから、冷静に考えられる筈がありません。
2日経ち3日経ち、1週間にもなれば、気持ちは随分と落ちついてくるものです。
「熱傷やケガは予防が一番」。
落ちついた頃を見計らって、それが何を意味するかを考えていただければと思っています。

 また、熱傷に限らず、子どもや大人にも限らず、傷を見て「跡が残らない保証はない」とおっしゃる医療者が実に多いのは困ったものと感じています。多いというより、ほとんどのお医者さんはそうですね。
僕は、よほどの傷でない限り、「傷跡は残らないと思います。残ったら残ったで、それはその時に考えましょう」と云うようにしています。Kちゃん、Aちゃんの時もそうでした。

「傷跡が残らない保証はない」。
「傷跡は残らないと思う。残ったら残ったでその時に考える」。

 この二つ、違った言い方ではありますが、云っていることは実は同じです。
同じ内容でも、表現の違いで受ける心象は全くかけ離れたものとなります。
事故が起きた直後、お母さんお父さんたちは皆、「どうしてこんなことになってしまったのか」、「あの時(自分が)こうしていれば・・・」、逆に「こうしていなければ・・・」と自責の念にとらわれているものです。
そんな時に何故、「跡が残らない保証はない」などと、追い討ちをかけるような言葉を投げかけなければならないのか。

 理由はわかっています。
「傷跡は残らない」と云ってもし残り、裁判に訴えられれば負けるからです。
ちょっと待ってね、です。
裁判に負けないために、医者をやっているつもりはありません。
病気や傷が治るお手伝いのために、医者やってんです。少なくとも僕は。

 そもそも、医療や医学に「絶対」はありません。
「治る」と云ったものがもし治らなかったとしても、それで裁判になること自体がおかしいんです。

 ともかくも。
他のお医者さんがどうであろうと、それはその方のお考えです。僕がどうこう申す問題ではありません。
大切なことは、当院ではどうなのか、です。

 病気や傷だけでなく、人の心をやさしく包み込む医療を目指したい。
スタッフともども、その理念で日々の診療に当たらせていただいております。

 

E君8歳 男のボディーの右上肢熱傷(2度)


夜、天ぷら油が右肘にかかったケースです。某病院の夜間救急を受診し、ステロイド軟膏を処方、腕は絶対に動かさないようにと指示されたとのことです。不安になったお母さんに連れられ、翌日当院を受診されました。

 この部位は、むしろ動かした方が関節が硬くなるのを防げますので、運動はがんばってするようにお話ししました。汚い水疱は可能な限り除去し、水道水にて洗浄しました。ドレッシング材は、接着性のあるハイドロコロイドを使用しました。


受傷4日後、順調に上皮化が進んでおりました。


受傷10日後、熱傷部位は全体的にツルツルとしており、上皮化が完了しております。上腕の一部が赤っぽくなっておりますが、かゆくなったので掻いちゃった跡とのことです。


同日、元気があり余っているのか、「やけどだけじゃなく、『男のボディー』を撮ってくれ」と依頼されたので、撮影させていただきました。


受傷2週後の右腕の状態です。熱傷跡はほぼわからなくなっておりますが、残念ながら「掻いた跡」が色素沈着として残っております。ハイドロコロイドでは、創面がジクジクと浸軟化するため、かゆみを伴うことがままあります。掻かないことについての、徹底的な注意が必要と感じました。

なお、この部位にはその後、ステロイド軟膏を塗布することとしました。


受傷2ヵ月後の受診です。熱傷跡は全くわからなくなっておりました。しょうがないので、再度「男のボディー」を撮影しました。

 E君がこのポーズを取るたび、お母さんはとても恥ずかし気ですが、いいんですいいんです。

子どもが、どんな形にせよ自己表現出来ることは素晴らしいことと思います。
時と場所をちゃんと選んでやっているのですから、恥ずかしがることはありません。

これからもがんばれ。男のボディー!

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